サミュエル・ハンチントン 「日本よ、“分断されるアメリカ”も危機をよく見極めよ」 週刊ポスト 2004年7月9日号



週刊ポスト 2004年7月9日号

サミュエル・ハンチントン/Samuel P. Huntington

「日本よ、“分断されるアメリカ”も危機をよく見極めよ」


多国籍軍への参加表明など対米“盲従路線”を突き進む小泉政権だが、世界の趨勢はアメリカの一極支配を否定する方向にあり、アメリカさえ信奉すればそれでよしという時代は終焉しているのが現実だ。96年の『文明の衝突』で、21世紀の世界には宗教的価値観に基づく文明対立が頻発するであろうと予見したハーバード大学教授のサミュエル・ハンチントン氏は新著『分断されるアメリカ』の中で、アメリカ社会は内部で“分断”が進んでおり、それによって世界は変貌せざるを得ないと指摘している。そのハンチントン氏に独占インタビューを行った。


- まずイラク戦争についてお聞きしたい。“ネオコン”に代表される保守主義者が主導したといわれるこの戦争は、まったく大義のないものだった。


私は始めからイラク戦争には反対してきました。イラク国内を安定させることすら至難の業なのに、さらに民主主義国家としてのイラクを創るのは不可能に近いからです。


戦争を主導した保守主義者の多くは聖書から強い影響を受けた強硬派です。現在アメリカでは国内の分断化が進み、白人文化が衰退し、愛国心が失われつつあります。あたかもその衰退をくい止めようとするかのように保守主義者が台頭している。そうした国内の傾向がイラクへの強硬路線に繋がっているのです。



ハンチントン氏が述べる愛国心とは「ナショナル・アイデンティティ」のこと。『分断されるアメリカ』によれば、アメリカ人のナショナル・アイデンティティは17~18世紀にアメリカに入植してこの国を築いた白人たちによる「アングロ・プロテスタント文化」にその根を持つ。この文化の構成要素としては英語を話す、キリスト教に対する信心、個人主義の価値観や勤労を善とする労働倫理、などが挙げられるという。



- あなたは20世紀半ばの移民の流入がアメリカを分断させていると指摘している。


以前の移民はアングロ・プロテスタント文化に同化しましたが、今のヒスパニックの移民などは独自の地域社会を形成し、彼らの母語であるスペイン語を用いている。いまアメリカではスペイン語が第2言語になっています。


98年2月にロサンゼルスで開催されたゴールドカップ・サッカーのメキシコ対アメリカ戦では、観客席がメキシコ国旗で埋め尽くされ、アメリカ国家が演奏されると非難のブーイング。この状況に多くのアメリカ人は不満を口にし、地元紙は「ロスでの試合はアメリカ選手のホームゲームにならない」と書いています。


- 国内で“文明の衝突”が生じていると。


そうです。今のアメリカ社会は一般大衆と“エリート層”の間でも分断が生じています。グローバルに活動する産業界、学会、メディアおよび政界のエリートたちは自分たちの利益やアイデンティティを、国を超えた国際的な制度やネットワークから定義づけるようになっています。その分、一般大衆よりも愛国心が薄い。反愛国的な知識人の中にはアメリカが多文化社会になることを礼賛し、独立国家が時代遅れになる将来を待ち望んでいる人もいます。しかし彼らがどれほどそれを願おうとも、大半のメディアは愛国的です。



“分断”がさらなる衝突を招く


- こうした国の分断はアメリカの衰退を招く?


いいえ。私は分断のもとになるといいたいのであって、それが悲惨な結果を招くというわけではない。移民の受け入れはアメリカにとって重要です。ただ私は、「移民がどんどんアメリカに入ってこられるように政府は奨励すべきだ」という考え方には反対します。これはアメリカを世界の鏡にしようという発想ですから。それぞれの国にはそれぞれの文化がある。アメリカも自らの伝統や文化を維持することが重要だと私は考えます。


- そうした状況下、現在の日米関係をどう見ているか?


独自の文化や文明を有している点から見ると、日本は“孤立した国”です。孤立した国はどこかの国と仲良くしないと一層孤立化するので、日本がアメリカと同盟関係を強化するのは当然の成り行きといえます。


- しかし、小泉首相はアメリカに媚びるだけの追従外交で全くビジョンがない。


小泉首相が日本のためになると考えて、もしくは自らの信念で行動しているならともかく、ブッシュ大統領に盲従しているだけなら問題です。自分の意見をはっきり言うべきでしょう。


- 日本はアメリカの51番目の州的な立場をやめて、日米同盟を抜本的に変えよという考え方もある。


そもそも日米同盟は日本の軍事大国化を防ぐ意味で、アジア諸国に大きな安心を与えています。もし日米同盟を破棄することがあれば、日本は核武装をせざるを得なくなるでしょう。それは正しい選択とはいえない。


- アメリカ一辺倒の日本では中国やその他アジア諸国との関係を悪化させる。


私は日本とアジア諸国との関係が悪化していると思っていませんが、東アジアでの覇権を目指す中国とは、今後何らかの問題が生じる可能性があります。近い将来、日本は経済力で中国に抜かれることを認識すべきで、その意味でも日本は中国と良好な関係を維持する必要があります。


- 世界の覇権国家であるアメリカに“分断”という不安要素がある中で、今後、世界はどうなってゆくのか。


01年の同時多発テロ事件以降の西洋のキリスト教文化圏とイスラム教文化圏の衝突は、当分の間は続くでしょう。そうした中で“分断された”アメリカは保守化を強め、宗教や文化の異なる国に自分たちの価値観を押し付ける可能性がある。私はそれに猛反対します。他国の文化、文明はそう簡単に変えられるものではない。それぞれの国の文化を尊重してこそ世界はうまくやっていけるからです。

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