「Gゼロ」後の世界、激変する極東情勢 日本は「対米追従」以外の外交コンセプトを描けるか イアン・ブレマー(ユーラシア・グループ代表) 月刊Voice 2012年10月号

月刊Voice 2012年10月号

「Gゼロ」後の世界、激変する極東情勢

日本は「対米追従」以外の外交コンセプトを描けるか

イアン・ブレマー(ユーラシア・グループ代表)


イアン・ブレマー氏はアメリカの政治学者。名門スタンフォード大学で博士号(旧・ソ連研究)を取得し、フーバー研究所のナショナル・フェローに史上最年少の25歳で就任。1997年からワールド・ポリシー研究所の上級研究員を務め、2007年には世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」に選出された。


28歳で調査研究・コンサルティング会社ユーラシア・グループをニューヨークに設立。グローバルな政治リスク分析を行ないながら、各国の政府首脳にも助言を行なってきた。ユーラシア・グループが年初に発表する「世界十大リスク」は、非常に有名だ。


2012年のトップリスクとして、ユーラシア・グループは「リーダー不在の時代」を意味する「Gゼロ」を掲げた。アメリカ主導の体制が終わったいま、これから世界はどう動くのか。『「Gゼロ」後の世界」-主導国なき時代の勝者はだれか』(日本経済新聞出版社)が日本で刊行されたばかりのブレマー氏に、対立の激化する東アジア地域を含めた国際情勢の見通しを聞いた。



G2に入りたくない中国


- 『「Gゼロ」後の世界』でも詳細に論じられていますが、ブレマー氏率いるユーラシア・グループは2012年のトップリスクに「Gゼロ」を打ち出しました。そもそも「Gゼロ」とは何でしょうか。


プレマー 1976年にカナダが加わった第二回先進国首脳会議が開催され、そこからサミットはG7となりました。日本、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、カナダです。その後ロシアが参加するようになり、97年からG8になった。G8は世界有数の経済大国で、世界経済を前進させる原動力となってきました。そのなかでもアメリカにリーダーシップがあることは、明らかでした。


そのG8に中国、ブラジル、インドなどの新興国が加わり、99年からG20が開催されています。近年、経済成長著しい新興国が発言力を強める一方で、アメリカは次々に生じる問題について、国際的議論の枠組みを決める責任を引き受ける能力も、意思も失いつつあります。債務が拡大しすぎたことが、グローバル・リーダーシップを引き受ける能力に影響しているのです。


とはいっても、アメリカの代わりにグローバル・リーダーシップを引き受ける資源と能力をもつ国も、組織もありません。いまは「グローバルなリーダーが不在」の状況なのです。これを私は「Gゼロ」と呼びました。


とはいえ、アメリカがパワフルではなくなった、といっているわけではありません。私が「Gゼロ」という言葉を使うとき、あくまで「リーダーシップ」の観点からそういっているのです。


- 新興国はそのリーダーシップを果たせないのでしょうか。『「Gゼロ」後の世界』には「新興国には期待できない」とありますね。彼らは「世界の中心国」としての責任を果たすつもりがないということですか。


プレマー 私がいいたいのは、新興国が提供できるリーダーシップは、アメリカやその同盟国がいまもっているリーダーシップからはほど遠いということです。それにはいくつか理由があります。


まず1つには、新興国は先進国に比べるとはるかに貧しいということです。中国は次の十年で国家としてのGDP(国内総生産)は世界一になるかもしれませんが、一人当たりでみればそれでも貧しい国です。そこで彼らの優先事項はグローバルなものというよりドメスティックなものになるでしょう。


また、新興国のいくつかは世界のなかで容認すべき政治システムや経済システムのタイプについて、先進国とは非常に異なった視点をもっています。そうした理由からも、彼らはアメリカや他の先進国と比べ、内政干渉のほうに向かいやすい。


さらに、新興国とひと言でいっても実際にはたくさんの国があります。一国だけ支配的な新興国など存在しません。たくさん存在する新興国は、お互いに同意できない案件もたくさんある。中国とインドは経済的にはある程度の相補性がありますが、安全保障については利害関係が異なっています。すべての先進国のあいだよりもBRICs間に存在する問題のほうがはるかに大きくそして解決が難しい。


そして最後の非常に重要なポイントは、そうした新興国には国際的な経験があまりない、ということです。人口が400万人しかいないニュージーランドのほうが12億人の人口をもつインドよりも外交官の数が多い。


日本には何十年もグローバルに活動している多国籍企業がいくつもあります。しかし中国にはありません。ブラジルにもありません。


あるいは、アメリカやイギリスにはOxfamやSave the Childrenのようなグローバルに影響を及ぼす慈善団休がありますが、こうした組織もロシアにはない。グローバルなビジネスから人道的な援助の提供に至るまでへすべてにおいて彼らには経験が十分ではありません。これだけをみても、過去何十年にもわたって先進国がとってきたリーダーシップを新興国が提供できないことは明らかです。


- それでも新興国はパワフルになりたがっています。


プレマー そのとおりです。しかし彼らがパワーに伴う責任や義務を果たしたいと思っているかどうかは、明らかではありません。 アメリカ人が中国人に「世界のリーダーになると、責任を果たさなければいけないことが多くなる」というと、彼らは反感を覚えます。中国人はG2に入りたくない、というのです。


G2になるということは、アメリカ人と向かい合って話し合い、さまざまな問題の解決方法を探り、責任を取るということです。そこで中国人は決まって「あなたがたはスーパーパワーをもつ国だ。しかし、私たちはいまだ貧しい」というのです。さらにこう続ける。「そもそもIMF(国際通貨基金)やWTO(世界貿易機関)へブレトンウッズ体制をつくったのはあなた方だ」と。


もし中国が世界経済を席巻したとしても、IMFやWTO、さらにはブレトンウッズ体制を嫌うでしょう。つまり彼らはそういうレベルの責任をもちたくないという、強く正統な理由をもっています。中国ですらそうですから、もっと規模の小さい新興国がリーダー的な役割を果たしたくないのは当然です。


ただし、グローバルレベルではそうでも、自らの近隣ではそうした役割をもちたい、と思っている新興国もある。エチオピアをみてください。エチオピアはスーダンなど“アフリカの角”の平和維持活動で重要な役割を果たしていました。いまエチオピアの首相が亡くなると何が起こるか、誰にもわかりません。その地域があまりに不安定であるからです。歴史的にみて多くの先進国が提供してきたタイプのリーダーシップが、そうした地域では適応できないのです。



なぜNGOが衰退するのか


- 『「Gゼロ」後の世界』のなかで、あなたは「勝者」と「敗者」に言及されています。典型的勝者の一つとされる「ピボット(pivot) 国家」とは何でしょうか。


プレマー ピボットとは片足を軸にして旋回することですが、ピポット国家は、複数の国と関係をもち、そのときどきによってつき合う相手を代え、それによってリスクを分散できる国ということです。ピボット国家はある価値観から別の価値観に状況によっては転換できるフレキシビリティーをもっています。


グローバル化のなかで世の中が多様化し、通貨なども不安定化するなかで、すべてを1つの国に懸けることは、非常に危険です。ブラジルやベトナム、カザフスタン。彼らはさまざまな国に頼ることができます。自国の政治的、経済的、軍事的な安定を一つの隣国に支配・左右されません。これは大きな強みになります。


- 一方で顕著な敗者として「レフェリー」、つまりかつて国際体制を支配した人びとに役立つよう創設されたものが力を失う、と述べられています。その一つとして、NGO(非政府組織)を挙げられていたことに驚きました。折しも日本では「NGO流行り」です。


プレマー NGOはなにも個々の国で力を失うわけではありません。しかし、グローバルにみたとき、その影響力は衰えていくでしょう。


日本では、 NGOは政府と競合しません。NGOが求めることと政府が求めることはさほど異ならないからです。一般的にNGOは透明性、オープンさ、人権、自由民主主義などを支持してきました。日本でも、アメリカでも、ヨーロッパでもそれは同じで、先進国において彼らの主張と政府の目標に大きなズレはありません。もちろん例外はあります。環境保全団休であるグリーンピースは日本政府とのあいだに大きな軋轢を抱えています。


しかし、グローバルにみたときには状況が変わります。アメリカにおいてNGOは非常に重要ですが、その多くは時間の経過とともにますますグローバルな存在になっています。「Gゼロ」下の世界では「われわれはあなたの国のNGOを必要としません。あなたの国のルールはいりません」という国が非常に多い。国際人権団体がロシアや中国について何かいうことができるでしょうか。新興国がパワフルになるにつれ、アフリカ大陸にあるような開発独裁国の政府とNGOも競合することになります。


新興国の多くがNGOの意図や目的を支持していないとなれば、当然NGOは力を失います。『「Gゼロ」後の世界』にも書きましたが、2011年8月、国境なき医師団がバーレーンで政治的抗議活動への弾庄が起きたとき、退去処分を受けました。あるいは最近ロシアで施行された法律をみると、資金調達を含め、NGOの活動がかなり制限されています。この法律ができたのは私が本を書いたあと。つまり、私の言っていることが現実に起きたのです。



「地域分裂世界」か、「Gマイナス」か


- 「『Gゼロ』後の世界」のシナリオについて、教えていただけますか。


プレマー いくつかの可能性があります。まずは米中二頭体制である「G2」。「Gゼロ」が引き起こす危機がきっかけになって米中がさらに接近し、二カ国で責任を分担することに利益を見出す国際休制のことです。次が「機能するG20」。米中が、それ以外の複数の強国とグローバル・リーダーシップをさらにシェアする場合で、現在のG20の枠組みのなかで、真の協力関係が生まれます。


続いて「冷戦2・0」。米中がいま以上に険悪化した場合、新しい冷戦が二カ国間で進行する状態です。他国はどちらかの国につくのか、あるいは両国の勢力の圏外にいるのかという選択を迫られます。


さらには「地域分裂世界」。米中が対立するなかでほかにも複数の強国が存在する場合、世界全体に力が分散されて、分裂するシナリオです。


最後の可能性は「シナリオX」と名付けましたが、「Gマイナス」と言い換えてもよいでしょう。これは「Gゼロ」がつくり出す不安定が続くなかで、多くの重要な国家において衝突が起き、大混乱が起こる状態です。すでに新興国の一部ではそうした兆候が起きていますが、いくつかの国では政府が崩壊したあと、新政府が樹立されないまま無政府状態に陥っています。これが広範囲で進行するシナリオを「Gマイナス」と呼ぶのです。


- そうしたシナリオのなかで、あなたはどれがもっとも実現可能性が高いと見込んでいますか。


プレマー もし「Gゼロ」が2008年のリーマン・ショックとともに始まったと考えるなら、すでに世界は4年間、「Gゼロ」の状態にあることになります。そのあいだに何が起きたのか、覚えているでしょう。米中関係はますます、難しくなっています。両国ともにその関係を建設的なものにしよう、と努力しているとは思いますが、実際には構造的な対立が深まっている。そのなかで、米中以外に力をもつ国が出てくるでしょう。先ほどのピボット国家が伸張する、ということです。


そうした現状に鑑みれば、大きな流れは「地域分裂世界」へ向いているのかもしれません。時に協調することはあっても、そうした世界では異なる地域が、それぞれ異なる理由で地域的な問題にしか取り組まない状況が生まれます。「Gゼロ」前の状況と比べるとまったく効率的ではないし、生産的でもありませんが、「Gゼロ」よりはましな状況であることは確かです。


- ますます各国は保守化し、門戸を閉じるということでしょうか。それでもあなたは「グローバル化に再投資せよ」と力強く論じられています。


プレマー それは私たちがグローバル化から恩恵を受けているからです。アメリカの企業も、日本の企業も、ヨーロッパの企業も、大きな市場をもち、そこにアクセスできることから大いに利益を得られます。グローバリゼーションが進めば進むほど、貿易環境は整備され、それだけ経済を発展させることも簡単になります。


ただし「再投資せよ」とはいっても、その行為は「Gゼロ」以前の世界よりは難しくなるでしょう。世界の多くの地域で、グローバル化した単一の市場が失われているからです。この二十年間を思い出してください。インターネットの登場によって世の中は一つの方向に向かっているようにみえましたが、実際にはそうでもありません。フェイスブック、ツイッター、グーグル、そのどれもが支配的な地位には至っていません。もちろん西洋では覇権を握っていますが、いずれ世界一の経済大国になるだろう中国には、中国のプレイヤーがいます。


グローバル化に再投資する一方で、世界市場のなかで閉鎖されているところがあることを認識しなければなりません。言い方を換えれば、グローバル化に投資しているあいだは、グローバル化をサボートしている政府と強い関係を築かなければならない、ということです。



日本はTPPにコミットせよ


- これから最もリスキーになる地域はアジアである,といわれていますね。日本と中韓は領土の領有権をめぐって火花を散らし、直近の日韓関係は過去最低にまで冷え込んでいます。


プレマー 「Gゼロ」の状況で事態はさらに悪化する可能性があります。日本は中国や韓国と経済的に良好な関係を欲していますが、尖閣問題、竹島問題のように現実に衝突が起きてしまえば、中国や韓国とアメリカの関係にも影響を及ぼします。日本にとってTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)にコミットすることは、非常に重要です。米中関係がうまくいけばTPPは問題ではありません。しかし悪化すれば、日本はアメリカ側につくしかありません。中国は日本にとっての選択肢になりません。


これから十年のあいだ、中国が自国内をどのように改革できるのか、という点で非常にリスクが高くなります。中国の政治休制は変化を拒むようなシステムをとっていますが、そうしたシステムのなかで、中国は経済を成長させたいと思っている。そこで日中関係はさらにギクシャクするでしょう。


- 日本やイスラエルはアメリカとの関係に対して「岐路に立つ」と述べられています。日本が「自由主義陣営」の一員で居続けることは非常に大切だと思いますが、そもそも日本は「対米追従」以外の新しい外交コンセプトを描けるのでしょうか。


プレマー 日本はアメリカと強い関係を維持すると思います。アメリカ側は第二次世界大戦後、イギリスと特別な関係を築いてきましたが、それと同じように、「アメリカが日本は重要であると認識すること」が私の希望です。アメリカがそう認識するということは、追従ではなく対等の立場になる可能性につながりますが、まずはアメリカ側の認識が必要です。


戦後、イギリスは安全保障面などで卓越した外交力を発揮してきました。一方で日本の長所は産業政策です。中国がアメリカにとってもっとも大きな脅威になるにつれて、日米関係はさらに重要になるでしょう。


これはイスラエルには当てはまりません。国際環境に注目しなくなるアメリカ人はもっと増えるでしょう。おそらく中東は最悪の状態になります。中東からアメリカに入る石油の量も減るでしょう。アメリカにはシェールガスと石油が大量に出ていますから。そういう意味ではイスラエルはもっと困難な立場になると思います。


- これからの世界のパワーバランスを規定するのは'軍事力ではなく経済力と書かれていますね。「Gゼロ」下の世界のなかで、日本の経済力はどうなるとご覧になっていますか。


プレマー 日本経済には二つの側面があります。まず、日本経済は世界でもっとも弾力性のある経済の一つであるということです。換言すれば、日本経済はかなりひどいパンチを食らってもきちんと復活できる。インフラ構造が構築されているので、ショックに耐えられるのです。国民も非常に同質で、強い連帯意識がある。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故以降の日本人の対応をみてください。節電にしてもサプライチェーンの立て直しにしても、ハリケーン・カトリーナ後のアメリカよりもはるかに優れていました。この面を日本人は誇るべきでしょう。


もう一つのあまり好ましくない側面は、日本経済は成長していない、ということです。人びとにアニマル・スピリッツ(起業家精神) はありませんし、その育成も行なわれてはいません。職場における女性の立場もお粗末なものです。それが生産性の向上を阻害しています。人口構成上望ましい変化も起きていませんので、その意味でもマイナスでしょう。こうした問題を解決しようとする意思も表わしていません。日本経済の将来はmixed picture(複雑)です。



地政学的な対立の激化は必然


- ユーラシア・グループは新しい年に向けて「トップリスク」を発表されています。2013年のコンセプトはもちろん非公開だと思いますが、ヒントになるようなお話はありませんか。


プレマー それは来年の1月になるまでいえませんね。


- それでは、あなたはいまどのような地域や人物に注目していますか。


プレマー 中東で起きていることは非常に興味深い。スンニ派対シーア派の対立は国境を越えて広がっています。その地域の最強国間の対立も熾烈さを増し、イラン問題も加わって、中東情勢からはまったく目を離すことができません。


先ほどあなたは日中韓の問題を指摘しましたが、「Gゼロ」の状態では、地政学的な対立がアジアや中東で激化します。ヨーロッパは、まだこの危機を乗り越えようとしています。しかし何らかのフィスカル・ユニオン(財政同盟)ができ、管轄システムができるまでには時間がかかるでしょう。アメリカでは大統領選が行なわれます。政治学者にとっては多忙な時期です。


- いまは「歴史の転換期」にある、という理解は正しいでしょうか。


ブレマー 正しいと思います。私たちが地政学的な「創造的破壊」を経験したのは第二次世界大戦後ですが、再びそれをいま、経験しているのです。


- 最後に読者へのメッセージを。


ブレマー 日本には国の政策上の利益と同調した政党制が必要でしょう。小沢一郎は政界から追放すべきです。野田首相が首相として残ることができる保証はありませんが、コロコロ首相が代わるのはよくありません。長く首相を務めることで、政策決定にコミットすることができるからです。


労働力についていえば、多くの移民は必要ありませんが、すでにある労働力を効率よく使うことが重要でしょう。女性をもっと重要な地位に就けないといけません。これは日本人にとってno-brainer(頭を使わなくてもいい、非常に簡単なこと)であるはずなのに、実際はまったく実行しようとしませんね。そうした意識を変えるだけで、日本の経済力は上向くでしょう。

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