週刊ポスト 2005年10月7日号
ビジネスマン、留学生の肩書きで産業スパイ活動が横行!
中国・亡命工作員が暴露
「日本で暗躍する1000人のスパイ」
中国が今、その言動に最も神経をとがらせている人物がオーストラリアにいる。元外交官の陳用林氏。外交官は表向きで、実は中国の「スパイ活動」に従事していたことを自ら暴露し、同国に亡命を求めている。本誌は日本メディアとして初めて陳氏を独占インタビューした。
麻酔薬で眠らせ、漁船に拉致
在シドニー中国総領事館の一等書記官だった陳用林氏(37)は今年5月下旬、総領事館を脱出し、妻子とともに政治亡命を求めた。現在は、オーストラリア政府から一家3人の永住を認める保護ビザが発行され、シドニー市内で暮らしている。それでもまだ自由の身になったとはいえない。
「今も中国の監視下に置かれているので、かなり注意深く暮らしています。電話はすべて盗聴されていて、自宅の外では家族がビデオを撮られたりする。私がレストランに行く時に中国当局のスパイが後をつけていることも知っています。今、私は『中国共産党からの脱却を支援するネットワーク』を主催しており、もし中国に戻れば処刑されることは間違いない。今も中国共産党に命を狙われている。保護ビザをもらってはいるものの、オーストラリア政府の中にも中国のスパイがいることを知っているので、裏切られるのではないかと心配しています」(陳氏)
陳氏は上海近郊生まれ。大学時代は国際政治学を専攻した。89年の天安門事件の時は大学在学中で、米NBC放送の取材クルーの通訳を務めた。陳氏はその時から中国共産党のあり方に疑問を持っていたが、大学卒業後、91年に外務省に入省すると、徹底的な“再教育”を受け、共産党思想を埋め込まれたという。その後、北京、フィジーでの勤務を経て、01年からシドニー中国総領事館に勤務した。今年6月4日に、シドニーで天安門事件16周年に抗議するイベントに現われて、自身の仕事が中国当局の「工作員」だったという衝撃的な発言をして世界を驚かせた。
「私の仕事はオーストラリア国内にいる反政府分子を探して、中国政府に知らせることでした。中でも気功集団『法輪功』(※)の信者を監視することが最重要任務でした。法輪功はカルト教団だとして、中国政府が入信することを禁じています。例えば、シドニーの公会堂で彼らの集会がある時は、市議会に圧力をかけて中止させる。さらに信者がパスポート更新を求めて領事館にやってきた時には、パスポートを没収する。協力的でない法輪功の信者は拉致して、『610オフィス』に引き渡していた。この組織は中央委員会の常設機関で、法輪功を弾圧するためだけに作られたものです」(陳氏)
陳氏はシドニーに赴任して以降、中国当局の指示の下で、そうした工作活動に従事した。その拉致の手口はスパイ映画さながらのものだった。
「中国で多額の汚職事件を起こしたある都市の副市長が、オーストラリアにいる妻と息子に会うためにやって来たことがある。彼を拘束し、中国に連れ戻すために、まず彼の息子の拉致が計画・実行された。実際に拉致する際は、麻酔薬を使って眠らせ、そのまま漁船に乗せて、公海上に停泊させていた貨物船まで連れて行きました。そこでスパイたちは、副市長に電話して『中国にすぐに戻らないと、息子の命はない』と告げた。そこで本当に拉致したことをわからせるために、直接電話で息子とも話させている。彼は息子の釈放と交換で中国に戻ることを約束したが、帰国後に死刑判決を受けました」(陳氏)
そうした拉致は陳氏がオーストラリアに赴任していた間、年に一度は行なわれていたという。陳氏の最重要任務であった法輪功対策では、信者を国家ぐるみで迫害する体制が取られた。
「02年2月に法輪功の特別対策室を領事館の中に作り、2週間に一度ミーティングを開いて、彼らをどうやって迫害するかを話し合いました。中国本国に強制送還された法輪功の信者たちの中には、調査に協力せずに自殺したものもいるとされていますが、実際のところ、彼らは拷問中に殴り殺されたケースがほとんどなのです」(陳氏)
陳氏は、任務で信者たちと接するうちに、彼らへの迫害に疑問を持つようになり、ついに亡命を決意するに至ったという。
現地諜報員を“性的勧誘”
陳氏が知る中国のスパイ活動は反政府分子の監視にとどまらない。各国の最先端技術を盗む「産業スパイ活動」も横行しているという。
「中国のスパイは3穫類に分けられる。ひとつはスペシャル・エージェントと呼ばれる者たちで、国家安全部(諜報活動を扱う政府の情報機関)から直接派遣される。その多くはビジネスマンとして入国し、現地に作ってある“ダミー会社”に赴任させる。表向きは普通の企業だが、実際は産業スパイの現地拠点のひとつとなっている。ビジネスマンなら学生よりも安定した地位が得られ、信頼も厚い。彼らはそこで商業交渉を通じて現地企業と接触し、技術を盗んでいる。2つ目は、警察学校を卒業したばかりの者たちだ。彼らは現地で情報提供をしてくれる協力者を探すのが主な任務だ。そして3つ目はエージェントと呼ばれ、元々現地の会社でビジネスマンとして働いていたり、大学に留学したりしている中国人たちで、情報提供者として協力してくれるケースを指す」(陳氏)
そうした中国人スパイのネットワークは世界中に広がっているという。
「特に親が中国政府の人間で、その子供が外国に留学、赴任しているケースでは、スパイ活動に従事している可能性があります。彼らはかなり頭がいいので、中国に何があって何がないのか、その最先端の技術を見極める能カがある。彼らの中国共産党に対する忠誠心を利用して、日常の仕事以外に諜報活動をさせている」(陳氏)
スパイ活動のためには、現地の情報提供者「エージェント」の勧誘が重要になる。各国での“リクルート活動”にはことのほかカを入れているという。
「現地で工作員をリクルートする“武器”は、中国への愛国心と、お金をちらつかせることです。中国当局が必要とする個人情報一件につき、情報提供者となる工作員には最低1万元(約14万円)ほどの報酬が与えられます。最初からかなりの厚遇を受け、さらに女性を使って性的な関係を作って取り込んでしまう場合もある。こうなるともう拒否できない。一度、情報提供者になると、各人には実際の名前ではなくコード番号があてがわれる。世界各国にある『610オフィス』もそうしたリクルート活動で勢カを拡大し、情報を収集しているのです」(陳氏)
末端のスパイたちは、個人で活動している。
「アメリカのCIAもそうですが、一人一人の工作員たちは、独自に動きながら情報を収集しています。そして各国の大使館や領事館に彼らを統括する人間がいて、私もシドニーではその役割を担っていました。情報収集をする工作員たちは、盗聴器など、諜報用の機器を使うことも多い。マークしている重要人物の車にはGPS装置を取りつけ、いつどこに行ったかはすぐにわかる。他の国が思っている以上に、中国のスパイ技術は進化しているのです」(陳氏)
法輪功などの大きな組織には、実際に内部に潜入して諜報活動を進めることもある。
「あたかも反乱分子の一員のように振る舞って内部の人間と親しくなり、個人情報を聞き出していく。スパイの活動としてはもっともよく使う方法です。法輪功にもスパイが潜入しています。シドニーでの私の仕事は彼らから集まる情報を元にブラックリストを作り、それを中国当局、さらにオーストラリア移民局にも伝えることでした」(陳氏)
特に、重要危険人物には、当局から“暗殺指令”が下ることもある。
「私自身、命を狙われているからわかるのですが、一番多い殺し方は事故に見せかける方法です。自動車の車輪のネジを緩めておいて、事故を起こさせて死亡させるケースはよくあります。かつてアメリカで、毛沢東の主治医だった人物が、毛沢東についての本を出版した後、さらに第2弾を準備している段階で、突然心臓病で死んだことがある。あれだけ健康だった人が突然、心臓病になるはずがない。FBIもかなり疑わしいといっていたが、殺された証拠は出てこなかったのです」(陳氏)
日本にも多くの“ダミー会社”が
中国は今、目覚ましい発展を遂げている。経済成長だけでなく、先端技術分野でも日本や他の先進国に迫る勢いだ。03年にはアジアで初めての有人宇宙船の打ち上げにも成功した。
「そうした発展はすべてスパイ活動のおかげなのです。IT技術だけでなく、軍事技術、宇宙技術も同様で、今やスペースシャトルを月に飛ばすぐらいの技術力を持っていると考えていい。すでに中国の技術は西欧に追いついていることを他の国の人たちは知らなすぎます」(陳氏)
技術に関するスパイ工作の一番の標的はアメリカだ。
「アメリカにはオーストラリアの3倍以上のスパイがいると聞いている。アメリカの軍事技術は、研究所に潜入した中国人スパイによってほとんど盗まれているといっていいでしょう。実際、アメリカの国立研究所から中国のスパイが核爆弾やミサイルの技術を盗み出したというリポートが、99年にアメリカの下院で報告されている。軍事技術も、やはりダミー会社にビジネスマンとして派遺されるスパイが、商業取引を通じて盗むことが多い。さらに大学に留学生や研究生を派遺することもあれば、すでに留学している人をエージェントにすることにも余念がない。そうした学生たちが大学を卒業すると軍事関連の企業に就職し、そこでも情報を盗んで中国に送っている。軍事情報を盗むことに関しては、中国は世界一だといっていい」(陳氏)
最近の例では、03年にアメリカからミサイルに使われる機器を違法に中国に輸出した中国人女性が有罪判決を受けている。同年、FBIのエージェントと長期にわたって情事関係を作り上げ、中国に関する極秘文書を入手していた女性工作員も摘発された。
さらに対米スパイエ作は思想面にも及ぶという。
「主要大学に学者を送り込み、共産党思想の講義をしているのも“洗脳活動”の一環だ。これはアイビーリーグの名門校でも平然と行なわれていて、ニューヨークにある中国領事館がスポンサーになっていたりする。そうして共産党思想を普及させる反面、当局が最も注目している法輪功などの反政府分子に関しては、アメリカでも常時弾圧が行なわれており、暴力で拷間するケースも多い」(陳氏)
ここで陳氏は驚くべき証言をした。
「同様のスパイ活動は、日本でも行なわれています。オーストラリアには1000人ほどのスパイがいます。これは秘密文書に書いてあるのをこの目で見たので間違いない。だが、日本にはより多くいるはずです。1000人を超えることは間違いないでしょう。アメリカ同様、日本の技術も貴重なものだから、研究生やビジネスマンなどに扮したスパイたちが、最先端の技術を盗んでいます。日本にも数多くのダミー会社があり、そこにビジネスマンとして赴任した中国人スパイが暗躍しているのです。また、一流大学の留学生の中にも中国のスパイは数多く入り込んでいます。アメリカのケースと同様に、大学の研究室で情報収集に励み、さらには企業に就職した後も表向きの仕事とは別に、スパイ活動に従事することになる」(陳氏)
陳氏の主要任務だった法輪功の監視も日本で行なわれているという。
「日本にも法輪功を監視する『610オフィス』があると、スペシャル・エージェントのひとりから聞いたことがあります。02年に始まった海外での法輸功監視計画の中に、日本も入っています。日本にいる法輪功の信者たちは常に尾行されており、その個人情報は中国共産党に送られる。彼らが中国に来ることがわかると、そこで捕まえて拷問にかけるのです」(陳氏)
いつまでも“スパイ天国”のままでは、国際政治も、国際交流もままならない。政府も企業も、陳氏の貴重な証言に耳を傾けるべきだろう。
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