日本に“世界的リゾート”を アレックス・カー(東洋文化研究家) 月刊Voice 2009年1月号



月刊Voice 2009年1月号

日本に“世界的リゾート”を

アレックス・カー(東洋文化研究家)

この国は美しい自然を破壊しつづけてきた一

痛烈な日本批判を行なうジャパノロジストが語った本当の「観光立国」とは


アレックス・カー氏ほどほんとうの意味で、日本を愛する外国人はいないだろう。愛国心が薄い日本人が脱帽せざるをえないほど、彼は日本の美しい自然や文化の破壊について敏感である。だからこそ2002年に上梓した『犬と鬼』(講談社)はロングセラーになり、いまでも版を重ねている。日本人のほうが、カー氏が鳴らす警鐘に耳を傾けている証拠かもしれない。


カー氏に会ったのは二度目である。前回のインタピューから数年が経過したが、そのあいだに彼は京都の町家を宿泊所として再生し、観光客を呼び込むべく株式会社「庵」を立ち上げた。警鐘を鳴らすだけではなく、観光立国・日本の真髄となるアイデアを実行に移しているのだ。さらには「町づくり」「古い建物、古民家のリノベーション」についてのコンサルティングを全国で手掛けている。そのカー氏にあらためて、いま日本が直視し、認識すべき問題について聞いた。



大好きだから批判的になる


- カーさんはジャパノロジストと呼ばれますね。その定義は何でしょうか。


カー 対外国人への日本の研究家、專門家ということでしょう。反日や親日は関係ありません。


- ジャパノロジスト=親日派と思い込む人も日本では少なくありませんね。


カー そうですね。本人自身も残念ながら勘違いしている人がいます。「ジャパノロジストだから、日本のスポークスマンにならねばいけない」と。


- イエール大学で日本学を専攻されていますが、もともと日本に対する関心があったわけですか。


カー 僕は子供のときに2年問、横浜に滞在したことがあって、そのときからずっと日本が好きでした。イエール大学に入学したのは、アメリカでジャバノロジーのもっとも進んでいる大学、という評判だったからです。大学時代にも訪日し、日本一周を試みて、徳島の祖谷を訪れたりしました。卒業論文もジョン・ホール先生の下で祖谷について書きましたが、過疎問題など、いまの僕の関心につながる議論を展開しましたね。


- しかし日本を愛するカーさんが著書で描かれるのは、汚された国土の数々です。コンクリートに固められてダムになる美しい山河、テトラポッドで覆われた海岸、増えつづける多目的ホール、無用な高速道路……。「美しき日本の残像」が消えていくことを、どうお考えでしたか。


カー 象徴的なことがあって、ショックを受けたわけではないんです。毎年のように地方を訪れるたび、「あ、あの美しい風景がコンクリートで覆われてしまったな。どうしてだろう」と考えはじめた。それでも1993年に『美しき日本の残像』(新潮杜)を執筆したときには、ある意味で「残念だ」という気持ちのレベルでした。景観破壊の原因が政治や経済の側面から本格的に見えてきたのは『犬と鬼』を執筆するために調査を始めてからです。この本を書くために6年間を研究に費やしましたが、そこでこの国は他の先進国とまったく違う道を歩んできたことがはっきり見えてきた。


たとえば日本は地震国だから、必要な土木工事はあるけれど、それは名目だけのもので、予算が設けられ、それを使い切るという独特のシステムです。責任が不明瞭なままで機能する行政、その根本になる官僚制度が諸悪の根源で、猪瀬直樹さんの『日本国の研究』などを参考にしました。


- 一言でいえば、日本と他の先進国の違いはどういう部分にあるのでしょうか。


カー 第一には、行政や政治が国民にチェックされていない。官僚組織という行政機構のなかで、すべてが自動操縦のようになってしまっているんです。また全体のチェックだけではなく、ローカルのレベルでも、たとえばある道路計画が立ち上がったとき、「何のために?」「本当に必要なのか?」という声が市民からほとんど上がらない。一方で、これは国民性かもしれないけれど、日本はあることをやりはじめると、それが細密になって、かなり極端なところまで行ってしまう。工事一つとっても5メートルで済むのに、10メートルやりましょう、それでは足りないから100メートルまで延長しましょう、と際限がなくなっていって、無残に美しい環境を破壌し尽くしてしまうわけです。


- 『犬と鬼』にはそんな日本に対し、容赦のないまでの批判が加えられますね。


カー 一見矛盾しているように見えますが、日本が大好きだからこそ、僕は批判的になるのです。自分の家族に「アル中」のお父さんがいるとしましょう。単純にそのお父さんを家族が無視すれば、ますます彼はダメになっていく。つらいけれどお父さんは中毒なんだ、と全員が認識し、何とかしようとなって、初めて状況は改善に向かうんです。あるものを愛しているなら、自然とそういう態度になるべきでしょう。


僕の先生は白洲正子さんですが、彼女には有名な逸話があって、優れた芸術家である北大路魯山人が桜の時季に着る着物を彼女にデザインしたのです。その着物は一面に桜が描かれているデザインでした。それを見た白洲さんが魯山人をぶん殴った。桜の時季に着る着物はどこかで桜をヒントにしていればいい。しかし一面が桜で覆われているとはなんたることだ、それは日本の芸術観ではない、と。そのエピソードを白洲さんと話していたとき、彼女はこういったんですね。「何かを本当に愛していれば、怒らなければいけない」と。僕の気持ちもそれと同じです。汚されたこの国土を見て怒りを感じない人たちは、本当の意味で、この国を愛していない。


- 教育と同じかもしれませんね。本当に子供に変わってほしい、と思えば心の底から怒るし、逆に関心がなければ放ったらかしですから。


カー そうなんです。もっといえば、僕は日本を批判しているわけではない。国土を破壊し尽くすシステムや現象を批判しているのです。そのせいか、日本国内で『犬と鬼』への非難はほとんど聞こえませんでした。むしろ海外版が刊行されたとき、他のジャパノロジストの先生方のなかで大きな批判が起こった。しかし僕は膨大な研究資料に基づいて執筆しましたから、実際には反論できなくて、その批判は「このあたりは言い過ぎではないか」という感情論でした。


面白い傾向があって、日本に来たばかりの外国人は、この本の内容に対してとても怒るんです。「偏見の塊だ」と何度いわれたことか。しかし不思議なことに、滞在期間が数年を過ぎると好きになる。来日したばかりの人はいってみれば「日本に改宗した」ような状況で、優れた模範的国家のように思っているわけですから、内容を消化するのに時間がかかるのでしょう。


しかし現在ではジャパノロジストの世界でも、比較的この議論は受け入れられるようになってきましたね。『犬と鬼』の刊行は2002年でしたが、そこで議論していることを小泉総理大臣が言い出したことも大きかった。アメリカの大学でテキストとして扱われているところもあるようです。



「大掃除の時代」がやって来た


- 国土破壊の悪循環をどう脱すればよいのでしょう。


カー この国はとにかく公共事業に依存しています。そこに皆の生活か懸かっている。だからやめられなくて、自動操縦になるのです。まず公共事業の中身を変えればいい。これまではお金があれば、必ずそれが道路、護岸工事、ダム、トンネルにかたちを変えてきた。しかしたとえば先進国のなかで電線を地中に埋設していないのは唯一、日本だけです。その地中化に総力を傾ける。あるいは諫早湾のように明らかに間違った事業は撤去してしまう。不要になったダムの取り壊しも考えられるでしょう。僕はいま仕事で日本中を走り回っていますが、あらゆる所で使い古した工場、老朽化した施設を目にします。それを壊し、片付けて、大掃除する時代が来たのです。


そういう意味では財政の問題を無視して、国土破壊だけに焦点を当てるなら、べつに公共事業を減らす必要はない。逆にサブプライム不況が世界を覆っている状況だ.から、ここでドンと増やしてもよい。しかし、あくまでその中身は健全でなければなりません、


- まず全体像を描き、そこから逆算しながら何をやるべきか、という計算が必要とされるのでしょうね。


カー 2000年になって、初めて日本政府はフィージビリティ・スタディ(実行可能性の予備調査)を始めましたが、これはほとんど「ざる法」です。ほんとうの意味での研究、調査、分析がこの国には存在していない。「50年前からの計画だから進めましょう」という具合なんです。たとえばアメリカには50年前、全国に原子爆弾のシェルターをつくりましょう、という計画がありましたが、そんなものはもう不必要でしょう。情勢や知識が変わったなら、計画もまた変わらなければならない。


まずはローカルレベルで議論を始めればいいんです。何かの工事を始めると聞いたら、そこでお互いの意見を出し、耳を傾ける。これが民主主義でしょう。しかしそうはいっても、そういう習慣自体が日本にはまだ根付いていませんから、行政のなかでそういう考えをもった人が指導者として現れることが最短の道ではないか、と思います。


もちろんその前提として、勉強を欠かすことはできません。この国は本来、ビッグピクチャーを描くことができる国民性をもっている。戦後に傾斜生産を行ない、一気に疲弊した経済を立て直したことがいい例でしょう。しかし、システムがいったんできるとそこで手を止め、休んでしまう。自動操縦にあぐらをかいて、楽をしてきたんです。そうなると不勉強になる。道路づくりにせよ、観光地整備にせよ、世界ではかなり面白い先端技術か生まれているのですから、そういう潮流を学んでいかなければなりません。


- 何かをするには危機感が必要ですね。


カー 都会にいると感じませんが、日本の田舎は危機どころかもう、どん底です。日本全体でみれば一年に1%くらいの割合で人口が減っているといわれますが、田舎の減少率はすさまじいものがあって、徳島県はあと20年で3割くらい人口が減る。東京や大阪などの大都市は人口増ですが、都会の人間に、田舎に帰れ、といっても意味がありませんから、田舎で何ができるか、という発想にならなければいけない。しかし、農業や漁業など従来からのもので何とかしよう、という後ろ向きの発想はもう限界です。それを断念し、新しい産業、新しいリゾートなど新機軸を打ち出す必要がある。


僕はよく、「田舎のリサイクル」というんです。ロンドンから200キロくらいにコッツウォルズ地方という、周りに牧場があって、綺麗な茅葺き屋根が残っている村があります。一見すると「ああ、昔のままだなあ」と思いますが、住んでいる人は9割がバンクマン。残りの1割は牧場の管理などをしていて、もともとの住人は出稼ぎのために出て行ってしまった。つまり住民が入れ替わっているわけですね。しかし中身は入れ替わっても、村は残る。田園風景も残る。文化財も残るわけです。


- 見事な仕組みですね。日本の場合、入れ替わるというよりは、壊して無くなっていく一方ですから。


カー おそらく日本であれば、これまで牧場の管理をしてきた人を引き留めようとして、それでは道路をつくりましょう、という発想になる。そうではなくて、諦めるべきものはもう、諦めなければならないんです。


そもそも人口が滅少するというのは、悪いことばかりではありません、土地が安くなる。そうなれば無駄な建物を壊して公園に変えることもできる。オーストリアなどはそういう方向にもう舵を切っています。高齢化が進んで日本と同じような状況に陥っていますが、彼らはそれを逆に「チャンス」と捉えている。これで自分たちの街を、美しく、緑の多い街にできる、というわけです。


- そういう意味でも「大掃除の時代」かもしれません。


カー だからいま、行政からいろいろな人を呼んで、他国の潮流を見てもらい、日本がどれだけ遅れているかを体験してもらう計画を立てているんです。たとえば中国雲南省で世界遺産に登録されている麗江古城はすごい。万年雪を抱いた玉龍雪山の麓に広がる納西族の街が、何千軒と広がっている姿は壮観そのものです。京都の先斗町はせいぜい100メートルですからね。なぜか日本人は西洋に対して免疫をもっていて、パリやローマに行って綺麗だと思っても、どこかで「外国だから」と割り切ってしまうところがありますが、アジアのなかでこういう街づくりをしているという事実を目にすれば、行動も変わってくるでしょう。



日本のリゾートはニーズを掴んでいない


- カーさんは「YOKOSO! JAPAN大使」を務められていますが、そういう意味でやはり新機軸の一つとして、観光がこれから大きな役割を果たしていくだろう、とお考えですか。


カー もちろんです。逆にいえば『犬と鬼』にも書きましたが、これまで日本では産業としての観光がかなり軽視されてきた。経済大国・日本はものづくりで頑張っていく、という意識が強かったのでしょう。


たしかに1990年代までは、そういう方向が正しかったのかもしれません。しかし、現代は外貨稼ぎという点において、観光はずば抜けて大きい力をもっている。さらには今後、日本では高齢化がますます進み、ものづくりの面で中国に競り負けていくでしょう。しかし、観光はいわば「その国ならでは」のものです。たとえばインドがすごい勢いで伸長しているからといって、これまでフランスをめざした観光客がインドにシフトするわけではない。日本の観光客が中国に奪われることはないのです。そういう意味で日本にはまだ大きなチャンスかある。これだけ文化財が豊富にあって美しい田舎も残っている。京都のような歴史的背景をもった街自体、アジアを探してもほとんど見つけることはできませんから。


結局のところ、受け入れ体制が整っていない、ということが最大の問題なのです。お客さまをどう満足させるかという、いちばん基本的な部分で足踏みをしている、これが現状でしょう。


- 日本には海外のような立派なリゾートかない、とある新聞にお書きでしたね。


カー 皆無ですね。やっぱり日本は勉強していないから、ニーズがわかっていない。観光=大型バスの駐車場をつくって、おじいちゃんやおぱあちゃんをぞろぞろ連れてくればいい、と単純に考えているだけで、その場所の美的環境を残そう、環境整備をしよう、周囲の環境に合わせた美しいホテルをつくろう、という努力もしないし、それを意職することもありません。そうなると、そこが観光地になった途端、一気にダメになってしまう。たとえば岐阜の白川郷は世界遺産に登録されましたが、現状は悲惨そのものです。大型駐車場ができて、お土産屋さんが乱立している。品がないし、田園風景もかなり破壊されてしまった。近々世界遺産の危機リストに掲載されてもおかしくはありません。


- 本来ならば壊してはいけない部分まで、破壊してしまうのですね。


カー 行政も地元の人たちも、観光とは何か、世界遺産とは何か、ということについて不勉強なのです。だから白川郷では年間の観光客が140万人だけれど、平均滞在時間はわずか45分程度、という現象が起こっている。つまり大型バスで乗り付けて、トイレに行って、お土産を買って帰るだけ。駐車場の持ち主は儲かっているかもしれないけど、ほとんど地域に還元はされない。日本の温泉の衰退にしても同じです。湯布院や黒川など一部には成功例もありますか、日本の温泉街はもうほとんどが、つまらない観光地になってしまいました。


さらにいえば、日本のリゾートにはこれまで外国人があまり訪れていないので、インターナショナル・テイストを勉強できていない。たとえばタイに行くと、田舎のホームステイでもちょっとしたゲストハウスには必ずインターネットが付いています。しかし日本の温泉街では、たとえ大手のホテルでさえ、完備しているところは多くない。日本人のおじいちゃん、おぱあちゃんで、インターネットを使えないのか、と文句をいう人がいないからです。世界のリゾートには楽しいカフェなどアミューズメントがたくさんありますが、日本でそういう施設がなかなかできないのも同じ。まず前提として、そもそもどのようなニーズがあるか、という部分を掴まなけれぱならない。



外国人にファンタジーを感じさせよ


- その問題意識のうえで、いま行なっていらっしゃる数々のプロジェクトがあるんですね。


カー 2004年に「庵」という会社ができて、まずは京都の町家の再生に乗り出しました。何十年も前から思っていたことですが、たとえばインドネシアのパリ島では、ヴィラ・レンタルがものすごい商売になっている。ヴィラの所有者がその場所を訪れることはほとんどありません。留守のあいだに貸し出しを行ない、旅行者はスイミングプール付きの美しい部屋に住むことができる。この商売は世界の常識ですが、しかし日本にはこのビジネスモデル自体がありませんでした。だから京都の町家を再生し、旅行者に宿泊の場として提供したらどうか、と思ったんです。ちょうど8軒目が2008年11月にオープンしたところですね。


- 古いものを再生して使う。日本人がいちばん苦手とするところかもしれません。


カー 古い町家を直してきたゼネコンや大工さんもいるわけで、再生技術がないこともない。しかし、いままでのやり方では費用か掛かりすぎた。さらにいえば、われわれは文化庁ではありませんから、昔のあり方そのままに再生を行なっているわけではない。文化財を現代に生かす、ということが最大のテーマですから、壁には断熟材を入れているし、床暖房も入っている。水回り、電気、すべてをやり直しました。誰も昔の生活に戻りたくはないんです。古い家に住みながらも、夏は涼しく冬暖かい、インターネットも完備した文明的な生活を提供することをめざしています。


また最近では、これまで培った知識を生かし、地方の観光業に関するコンサルタント事業を始めました。奈良の五条市には古いメインストリートがあり、何百軒もの古家が立ち並んでいます。それをいかに現代に活用していくか。徳島の祖谷では地域再生の名目で、国土交通省や総務省が出す補助金を利用しながら古い民家を修復し、茅葺き技術を復活させることに挑戦しています。


いちばん楽しいプロジェクトは長崎の五島列島の北のほうにある小値賀町ですね。小値賀町には小値賀と野崎という2つの島があって、野崎は隠れキリシタンが住んでいましたが、いまは無人島です。誰もいないところに明治時代にできたゴシック調の教会かあって、いまでは野生の鹿が棲みつき、とても神秘的です。小値賀のほうは有人で、内陸に綺麗な田園地帯や美しい漁港もある。奈良時代には必ず遣唐使が小値賀に寄ったという古い歴史もある。だからいまでも素晴らしいお屋敷がそこここに残っているんです。


補助金を利用し、投資も組み込みながら、その屋敷を10軒程度修復し、一つの新しいリゾート地にもっていけないか、と思っています。大変な僻地ですから45分滞在には対応できない(笑)、比較的長期滞在用のものです。わざわざ行ってみたい、と思う人しか足を運ばないから、それで環境破壊を逃れることもできる。


- それが本当のリゾートですね。


カー 僕は小値賀町の「観光まちづくり大使」にもなっているんです。国の「YOKOSO!JAPAN大使」としては何もすることがないけれど(笑)、小値賀の大使は本当に忙しい。戦前は軽井択など、日本にもリゾート地がありました。しかしそれは階級制を前提にした仕組みでしたから、現代の観光業は、そのころとは違った仕組みを考え出さなげればならないでしょう。


- その事業がうまくいけば、これからの日本の観光業にとって一つの模範となる。


カー 理屈をいくらいうより、そういう模範があったほうが人々は納得してくれますからね。


- かつて地方紙のインタビューに答えられ、観光業とは「夢を売る商売」とおっしゃられました。


カー たとえば祖谷は、日本の三大秘境といわれます。そこを訪れる観光客は、どこか不思議な所に入っていくという、ロマンを抱いてやって来る。あるいはなぜ町家にお客さんは泊まるのか。京都には京町家という生活スタイルが昔からあった。そういう家に往むというのはどういうことだろう、という夢をもっているんです。そうでなければ何百室もある大きなホテルに泊まればいい。いかに夢を売るか、もっといえばいかに夢を演出するか、という点が、観光のもっとも大切なことではないでしょうか。


たとえば上海の外灘で水辺の向こうにピルか屹立する風景、あれも一種の夢ですね。中国は非常にうまく演出をしている。それを見て外国人はファンタジーを感じるわけです。日本人はまだその感覚が疎い。いまだに観光客は食事やカラオケルームを求めている、もしくは駐車場が広くなって便利になるとやって来る、と思っているんです。


- 『犬と鬼』のなかにも最高級レストランや観光名所を案内したら、「北斎の描いた富嶽三十六景はどこで見られるんです?」と返されたエピソードがありましたね。


カー しかし最近は京都でも、町家を使ってレストランや画廊を開いているところが増えてきましたよ。少しずつ時代が変わってきている感じがします。地方でも公共事業に対し、「ちょっと待て」という声は上がりつつある。そういう意味で、面白い時代になってきたのに間違いありません。

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