MBA留学はもう要らない MBA資格をあリがたがる時代はもう過ぎた  文藝春秋 1992年2月号

文藝春秋 1992年2月号

MBA留学はもう要らない

MBA資格をあリがたがる時代はもう過ぎた


MBA-Master of Business Administration(経営学修士)。この学位を取ると、一昔前のアメリカなら最初から確実に高給が保証されていたものである。しかし最近では、有資格者が多すぎて、就職口が見つからないこともあるほどだ。


MBAはどの大学で取得するかによって、内容がかなり違う。トップクラスだといわれているビジネス・スクールを卒業しても、会計学、財政学、マーケティングについて、事実上ほとんど何も知らぬままに終ることもありうる。MD(Medical Doctor 医学博士)のように、どの医学部に行ってもほとんどカリキュラムが変らないのと対照的なのだ。ハーバード・ビジネス・スクールの内幕を暴露した "The Empire Builders" の著者ジェフリー・ポール・マークは、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(1990年9月27日)で、「今日のビジネス・スクールは1909年の医学部と同じ状況である」と断言している。当時の医学部はカリキュラムがまったく統一されていなかった。


この、どれほどの価値があるかわからないMBAをありがたがって、日本の企業はかなり前からアメリカの有名ピジネス・スクールに社員を派遣してきた。とくにここ数年は猫も杓子もといった感じが否めない。すでに1987年5月31日付「ワシントン・ポスト」紙は "Japanese Rush to garner MBA" と題してこの問題を大きく取りあげ、副題に "They Seek to Entree to an Exclusive Club, Not the Degree Itself." -日本人はブランド登録を求めているのであって、学位そのものを求めているわけではないと、かなりの皮肉をこめて書いている。記事の中には企業からの派遣生が急増した理由の一つとして、円高があげられているが、流行している一種の日本式「投資」としてとらえられているようだ。


一方、日本の企業側はMBAのブログラムで何を勉強するか充分把握しないで、社員をどんどん派遺している有様である。バージニア大学でも、1984年には7人しか日本人の志願者がいなかったのに、1986年には47人と膨れあがっている。



なぜ敬遠されるのか


こうした状況の中で、最近、アメリカのトップのビジネス・スクールは日本からの企業派遣生を敬遠しはじめたという。


この事態について、まず、誰もが口にするのが、人数上のパランスの問題である。十年前なら、派遣されてくる数も少なかったために、日本人だけが目立ちすぎるということはなかった。少数精鋭といった感じで、質もよかった。しかし例えば、バーパードは現在800人のビジネス・スクール学生中で、18人の日本人だからこの問題は少ないが、MIT(マサチューセッツエ科大学)における200人中、30人の日本人は多すぎる。1991年の入学はかなり減らしたというが、日本人はワシントン・ポスト紙のいうようにプランド志向だから、よけいに有名大学に集中する。有名でなくても、質のいい大学は他にあるのに、そちらには見向きもしない。名前が知られていないと、企業も派遣しようとしない。それがもたらす弊害と言えるだろうか。とにかく有名ビジネス・スクールヘの志願が多すぎるのである。


日本人をクラスの中に入れることは、一般的にいえばアメリカ人にとってもいい経験だが、全体の15パーセント以上は外国人を入れないという枠の中で、日本人だけが多いとやはり他の外国人とのバランスが悪くなる。バージニア大学ビジネス・スクールのジョン・ローゼンプラム学長は、「日本人が増えると、日本人だけで固まり、二年経っても英語がまったく上達しない状態が生じます。授業以外はほとんどすべて日本語で済ませられる状態になります。これは折角派遣されてくる学生にとってよくないことです」と日本人が増えることの弊害を指摘する。


1986年ぐらいから急に日本人の企業派遣が一種のブームとなり、昔のようにアメリカの大学の英語学校に通わせるだけよりもずっと収穫もあり、「格」のあるMBAプログラムに社員を派遣させることが企業の間で人気を博してきた。しかし、あまり志願者が増えると、合格率が下がってくるのは当然である。しかし、こうした人数上の割当て以外に、何かもっと深いところで、日本からの企業派遣生を忌避する理由があるに違いない。その理由を探る前に、企業派遣生が選考され、MBAを取得する過程を見てみよう。


典型的な例でいうと、まず社内で毎年選抜テストが行なわれる。このテストは日本語による作文、英語のテスト、上司との面接で構成され、会社によっては熾烈な競争となる場合もある。いったん社内選考を通過すると今度はピジネス・スクールの要求している基準に英語カを到達させるために、会社持ちで英語学校に行かせることになる。


まず、もっとも基本的な英語のテストであるトーフルは最低600点を採らないと話にならない。これはTOEEL(Test of English as a Foreign Language)といって、リスニング、文法、リーディング+語彙からなり、ネイティブ・スビーカー、ヨーロッパ人から見れば、小学校のテストに当るほど簡単なテストである。ハーパード・ピジネス・スクールのヒューゴー・アグターフーベン教授は、「私も三十年以上も前に、ハーパードに入るために、トーフルを受けたが、目を閉じても正解が出るほど簡単だった」とオフィスに響き渡るようなバリトン声で話していた。


このテストは日本人には難しいとよく言われるが、もしこれを難しいと感じるなら、アメリカの大学の授業にはまずついていけない。私もアメリカの大学に留学するために15年前に受けたことがあるが、やはり簡単だった記憶がある。授業で扱う英語は、それこそそういう外国人のための英語のレペルでは通用しないのである。


しかし、選び抜かれたエリート社員でこのテストを一回目で600点を越さない場合が往往にして出てくるので、トーフルの点数を上げるだけのために、企業は英語学校に通わせることになる。


今回私がインタビューしたアメリカ側の教授、関係者は「そういう付焼き刃的に言葉はマスターできません。たとえ、600点を越しても、表面的なものだから中味はせいぜいアメリカの中学生ぐらいのレベルです」と異口同音に言い切っている。実際、ピジネス・スクール入学のためにハーパード以外のほとんどのどジネス・スクールが課すGMAT(Graduate Management Admission Test) の英語の点数は、日本人は異常に低い。この数で、アメリカ人と同じ入学基準を設けると、帰国子女などの少数の例外を除いて、まず日本人には入学許可は出ないだろう。


半年や一年がかりでトーフルの点数がようやく600点を越えると、今度は英語のエッセイを提出しなければならない。これも、実際、短期間で立派な英語が書けるはずもなく、英語学校のゴーストライターが活躍することになる。ジョン・ローゼンプラム学長は、皮肉をこめて次のように語る。「日本の企業派遣生の願書を見ると、どれを見ても同じバッケージに見えます、個性がないのです。個性が出てくるはずのエッセイの文体にも個性がないのです」ハーバード・ビジネス・スクールの入学係の副所長であるケン・スミスは「エッセイを見て、明らかに手助けしてもらったことがわかる志願者には好意は抱きません」と明言している。



英語面接はなぜ行われるのか


こうして、何とかして最終段階にたどりつくと、待ちかまえているのが英語による面接である。ハーパードはGMATは馬鹿らしいテストだとして、その代わりに突然面接を始めたが、これは面接をするほうにとっても、かなりの重労働である。ハーパード、MITなどは毎年日本まで行って、志願者に英語面接するために一、二週間費やすことにしている。


この英語面接はそれほど前からやっているわけではなく、三、四年前から急に始まっている。アメリカ人の志願者に対するインタビューはピジネスヘの関心度、動機、人柄をみるが、日本人の場合は、トーフルでは計りようがない、英語カ、つまり英語をどれだけ自由に駆使できるかをみる。その次に、願書ではわからない、その人の積極性、消極性を計るためにインタピューをする。


この英語面接を日本人にやるきっかけとなった重要な、象徴的な事件が、1987年パージニア大学ピジネス・スクールで起きた。この事件の前にすでに英語面接を始めていたビジネス・スクールもあったが、この事件以降は面接の重要性が一層認識され、ますますアメリカ側は本腰を入れるようになった。


バージニ.ア大学は、首都ワシントンから車で二時間半南西に行ったシャーロッツビルという大学町にある。口ーゼンブラム学長に、「1987年に、8人の企業派遣生のうち7人が、英語がまともにできず、ケース・スタディに向かないという理由で、突然退学させられたという有名な話がありますね。この事件について聞かせてもらえませんか」と切り出すと、「そういう話が広まっていることは知っていますが、これを機会にその話をハッキリと明らかにしたいのです。このままでは、この大学にとってよくないですから」と、真剣な口調になってきた。ハーバードからMBAもPhD(博士号)も取得しているローゼンプラム学長によると、話はこうである。


1987年に入学させた8人の日本人のうち4人は卒業した。卒業しなかった4人のうち2人は自分からやめていった。一人はまた戻ってくると言って帰国し、そのままになっている。残りの一人は卒業に必要な単位が足りなかった。単位が足りなかった人は、英語ができたが、家族がアメリカの生活に慣れなかったために、そのほうにエネルギーを取られ、学業に専念できなかったらしい。その人はそのまま帰国してしまった。


学長は、さらに続けて「こちらから無理やりやめさせたのではなく、彼らの方からやめていったのです。しかし、この事件の噂が広まったせいで、ハーバードは日本人に英語によるインタビューを姶めたのかもしれませんね」と言う。また、学長は「事件後、ここに来ると卒業させてくれないという間違った先入観ができてしまい、それを打消すのにいまでも、どうしたらよいかわからないほどです」と必死に弁明した。


パージニア大学ビジネス・スクールは36年前にできた当時から、ハーバードから教授を集めている。だから、授業方法も、ハーバードと同じケース・スタディだ。このケース・スタディでは各学生が積極的に発表し、討論に参加しないと成り立たないため、話す英語が自由にできないとノイローゼになってしまう。


ハーバードを今年卒業した黒田由貴子はソニーから来て、結局あるコンサルティング会社に転職した才色兼備の女性だが、彼女ははっきりと、「ハーパードのビジネス・スクールに来ている日本人は海外経験のある人ばかりですね。授業中に積極的に話すことが重要なポイントになるので、それができない人は三日と持ちません」と語る。彼女は、小学校のとき香港、中学のとき西ドイツで暮し、高校のときはイギリスとフランスに短期留学している。


確かに、ケース・スタディでは英語が論理的に話せないと、ついていくのは無理である。ずっと面接をしなかったハーバードがバージニア大学事件が契機となり、突然やり始めたのはよくわかる。しかし、全員に面接をしているとあまりにも時間がかかるために、書類選考で最終的に残った人だけにこの面接が課されることになる。


ハーバードは毎年160人ほどの候補生から約18人の日本人をとるが、書類選考で、初めの三割は簡単にはじかれ、次の三割も二人の審査員が独立して、スコアをつけ、両方によって低いスコアがつけられれば、はじかれる。あまりにも二人のスコアが食い違えば、三人目の審査員がスコアをつけて、選んだり、落としたりする。


最終的に一割に絞るのが至難の技であるが、面接がそこで生かされることになる。30年以上もハーバードで教えてきたヒューゴー・アイターフーベン教授は「日本からの企業派遣生を断るのは難しいですね。その個人を拒否しているばかりではなく、会社までを拒否しているととられますから」と問題のデリケートさを指摘する。


英語以外でも、日本人に、アメリカ人と違う入学墓準をあてる理由がある。ピジネス・スクールは大学院に当り、その基本的な入学基準の中に、単に大学の卒業証書を持っているということだけではなく、実際社会でどれほどリーダーシッブを発揮してきたか、どういう仕事をしてきたかという"実際"の経験が重要視される。優秀な成績で卒業したアメリカ人でも、こういう経験がないと、すぐに落とされる羽目になる。ところが、文化の違いで、日本の方がそういうリーダーシップを個人が発揮する環境がずっと少ない。


アイターフーベン教授はこれについて、「日本では若い間にリーダーシップを発揮するチャンスがほとんどありませんが、アメリカではたくさんあります。もし、日本人とアメリカ人で基準を同等にすれば、日本人で合格する人はほとんどいなくなります」と、違う基準をあてることを正当化している。



寄付金による密約


第一勧銀150万ドル、野村証券330万ドル、米国住友商事100万ドル。これは日本企業による「冠講座」の寄付金額である。日本興業銀行の現地法人である興銀信託も7年前にハーバード・ビジネス・スクールに130万ドル、4年前に120万ドルをスタンフォードに寄付している。


私立大学にとって、寄付金は欠かせない。例えば、MITは授業料で賄えるのは全体の予算の40パーセントであるから、どうしても寄付金が必要となってくる。アメリカでは、卒業生が成功し、そのお返しとして、多額の寄付をし、その人の名前をそのままつけて、図書館を建てることは珍しくない。


しかし、日本企業が出す寄付金には別の隠された意味がある。先のパージニア大学のローゼンプラム学長は「日本企業との関係というのは、ホリスティック(全体的)なものだから、寄付金をもらうと、席を用意せざるを得ないのです」と言って、日本人のブランド志向がそこにも反映されていることを指摘する。


学長は日本に自分の大学のブログラムを宣伝しに、三年ほど前日本に来て、企業回りをした。そのときにある企業の広報部に次のように言われた。「うちは、ある有名なビジネス・スクールが席を空けてくれているので、あなたのどジネス・スクールにやりたくても、そこまで優秀な社員がたくさんいません」こう言って断られたという。案の定、その企業はそのビジネス・スクールに多額の寄付をしていた。


住友信託から派遣され、今年MITを卒業した内藤忍は「勉強しないで、ゴルフに明け暮れて、卒業する派遣留学生もいますよ」と指摘する。このことを、ローゼンプラムに言うと、「それは、日本企業から寄付金をもらい、いい関係を保つことの代価です」と言い切った。派遣される杜員にとって、卒業を保証された二年間の休暇と思えば、これほどいいプレゼントは.ない。


夏休みは、アメリカ人の学生、私費留学生にとっては、休む間もなく、就職活動に必死な時期である。そういうとき、企業派遣生は暇を持て余して、やることがない。私がいろいろ話を聞いたMITの日本人達は「そういうとき、日本にいる同僚にも悪く思いますが、日本には一応忙しくしている振りをしています」と言う。


MITビジネス・スクールの副学長であるジェフリー・バークスは「確かに寄付をするとその会社から少なくとも一人推薦する資格はできるが、それが入学の保証にはならない」と強調するが、会社とのいい関係をどうしても保ちたければ入れざるを得ないだろう。


最近、日本からの派遣留学生を敬遠する大きな理由がここにある。つまり、ビジネス・スクールはこういう寄付金による暗黙のコミットメントから解放されたいということなのだ。企業派遣生の取得するMBAはアメリカ人らが苦労して取得するそれと表面上は同じだが、中身はまったく異なる。ローゼンプラムはこういう現象について、「こうなると、企業派遣生が取得するのは、言わばニセの卒業証書です。こういう関係は双方にとって不健全であることに、トップのピジネス・スクールは気付き始めたのでしょう」とコメントした。寄付金によって、基準を下げてまでも、その企業から派遣生を取らざるを得なくなれば、不幸にもそれは破壊的なプロセスで、いずれ大学の信用もなくなってくる。


同じくハーパードでMBAをとったある教授は「特に、全体で200人ぐらいしかいないのに、30人も日本人をとっていたMITが最初に反省期に入っているのは明らかです」と語る。


私が十年前、コーネル大学で化学を勉強しているとき、企業派遣の日本人がビジネス・スクールに来ていた。彼らは、いつも大学のゴルフ場に入り浸りになっていながらも、きちんと卒業した。アメリカの大学は宿題が多くて、アメリカ人でも遊ぶ暇はまったくなく、毎日夜遅くまで図書館に籠っているのに、企業派遣生は日本の大学の習慣をそのままアメリカでも通用させていると思ったものだ。


日本からの企業派遺生がMBAを取っても、普通はアメリカの会杜には通用しない。ローゼンブラム学長は「書く英語もアメリカ人でいうと、中学生ぐらいのレベルだから、アメリカの会杜でアメリカ人と対等にやっていけるはずがありません」と断言する。それに二年間ぐらいでは英語力も大してついていないので、同じMBAを取得したアメリカ人とは格段の差があると言う。


ローゼンプラムも「日本人だけが、easy degree をとるのは不健全です。本当に純粋な教育の点から見て、卒業に二つの基準を設けることも不健全です」といささか怒りを込めて語っている。結局、入学にしても、成績にしても、卒業にしてもダブル・スタンダードがあることになる。



MBA取得に意味はあるのか.


日本の企業側も就職がかかっているアメリカ人ほど真剣に勉強してもらわなくてもいいらしい。内藤忍は確信を込めて言う。「企業は自分の会杜の宣伝に使っているのだと思います。この会杜にはMBA派遣制度があることを就職活動している学生に宣伝して、リクルートしているのです」。確かに、MBA派遣制度は企業のイメージ・アップにつながるが、本当にそこまでして、投資価値があるのだろうか。ちなみに、一人ビジネス・スクールに派遣すると一千万はかかると言われる。


派遣される学生にとっては、何を勉強するかというより、アメリカの生活になれ、アメリカ人や他の外国人とコミュニケーションができることが重要なのである。企業の期待もその程度で、視野が少し広まればそれでいいのだ。三菱銀行からの派遣留学生で今年MITを卒業した橋田建一は言う。「ぼくは卒業後ロンドン支店に行きます。ぼくの会杜の場合、外国人ときちんとコミュニケーションができて、付き含える人を作るためにビジネス・スクールに行かせると思います。会社はヒジネス・スクールで勉強したことを直接生かせるような環境を作ろうとまでは考えていないと思います」


NKKから派遣されたMITの手塚広之は「アメリカのビジネス・スクールで学んだことを日本に帰って生かそうとすると、反ってたたかれることになるのです」と、日本にはまだまだMBAを生かす環境がないことを強調する。彼は、さらに「こちらで学んだことを日本で生かそうと思ったら、時間がかかるでしょう。自分の地位が上がるのを忍耐強く待たなければなりませんから。変に口出しすると、生意気と思われ、反って煙たがられます」と語る。


ローゼンブラムも「日本人はMBAの勉強に来ているというよりは、アメリカ文化を肌で学んで、アメリカ人とピジネスの面でやりとりが直接できるようになること、アメリカ人のものの考え方を学ぶことのほうが、企業にとっては経営学を学ぶことよりもはるかに重要なのです」と認めている。


東銀などは、帰国後地方に飛ばしてアメリカの「垢」を落としてから、本社に戻されるそうだが、ここまでくると、MBAを取らせる意味がなくなってくるのではないだろうか。留学生を派遣する企業にとって、MBAプログラムに入れる投資価値が全体的に見てあるかどうかは別として、派遣する特典のひとつは、ネットワークが広くなることであろう。特に、エグゼキュティブ・ブログラムに入る地位の高い留学生にとって、このコネ作りは重要である。


MITでエグゼキュティブ・ブログラムを担当しているアラン・ホワイトは「日本の会社がここに派遣してくる理由は会社によって多少違うだろうが、ネ.トワーク作りはかなり重要な要素になっていると恩います。この競争社会で人脈作りこそ、現実の世界なのですから」とネットワーク作りをかなり肯定的に見ている。


日本人同土のネットワークは、MITの内藤忍ら有志が二年前に作ったバシフィック・リンクでますます強化され、アメリカ人の著名な教授を呼んで、パネルディスカッションをやったり、アメリカ人に日本文化を紹介したりして、その活動は活発である。ネットワーク作りというプラス面はあるにせよ、企業側から見れば寄付金を出し、留学生を派遣して、莫大なお金をかける意昧があるのかどうか、はなはだ疑問である。


ヒジネス・スクール側も莫大な寄付金をもらうのはいいが、そのために席を空け、ゴルフ三昧の派遣生までも卒業させねばならない二律背反的な状態は双方にとって不健全であると気付き始めたのも当然であろう。


MITビジネス・スクールの副学長であるジェフリー・パークスはインタビューの最後にこう言った。

「日本の企業は二年間のMBAのコースに社員を派遣するよりも、二、三力月の研修プログラムに入れる程度でいいのではないか」

これはなかなか意味深長.な発言である。

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