国際ジャーナリスト 大野和基
著書・訳書

武器としての英語論
第5回 何を読むべきか?

アメリカのCIAに相当する、イギリスの諜報機関はMI6である。元MI6要員のリチャード・トムリンソンには、ダイアナ妃怪死のTV番組を2回作ったときに、4、5回取材したことがあるが、彼は英語を母語とし、フランス語、スペイン語、イタリア語など6ヶ国語を母語のように流暢に操る。

昨年ロケハンのときに南仏で久闊を叙したが、なんら変わった様子はなかった。英語の難しさを知るには、英語を母語として、数ヶ国語を駆使するネイティブに聞くのがもっとも信憑性があるのは言うまでもないので、ダイアナ妃の話を聞いたあと、それについて聞いてみた。

「英語は自分の母語であるが、どの言語よりも難しい。英語は入りやすいし、世界言語となっているのでみんな学習するが、ほとんどの人はその難しさに気づいていない。ほかの言語は入りにくいが、一旦入るとあとは英語ほど難しくない」

予想通りの答えであった。確かに英語は入りやすいが、ネイティブのレベルまでマスターする人は稀有である。日本人にとって、英語はさらに遠い言語であるから、なおさら難しい。発音の点から見ても英語は2,000を超える音の種類があるが、日本語はたかが知れている。

さて、英語をできるだけネイティブに近づけるには、日頃からたくさんの「いい英語」に接する必要がある。インプットがなければ話す英語も書く英語も上達することはない。会話はアウトプットであるから、自分が知らない表現や単語を使うことはできない。書くことも同程度に重要であるが、洗練された英語を書くには、そういう英語を日頃から多読、精読することが必要である。読書なしで言語が上達することはない。

毎日のように接する新聞の英語はそれほど難しくない。というのも取材してから原稿の締め切りまでの時間が短いので、文章を磨き、書き直す時間がないからだ。新聞の中で最も味のある文章はコラムである。ニューヨーク・タイムズ紙の名物コラムニストの中の一人、ニコラス・クリストフは、東京支局長のときに絶えず日本を侮辱したような記事を書いたことで有名になったが、内容はともかく彼の文章には味がある。

新聞の次は週刊誌である。『タイム』は長年英語を学習した日本人でも難しいと言われているので、そのことを2代前の『タイム』の東京支局長に言ったら、首を傾げていた。『タイム』独特の文体はあるが、難しいということはないはずである。それよりも、週刊誌として最高レベルの英語に接することができるのが、『ザ・ニューヨーカー』である。ノンフィクション、フィクションも最高に洗練された英語で、特にフィクションの短編は私のように時間がない人でも読み切れるので格好の材料だ。

私の好きな作品の一つである『シェル・コレクター』という珠玉短編集を書いたアンソニー・ドーアに直接話を聞いたことがあるが、「短編は、読後に長編と同じくらいの満足感を読者に与えないといけないので、表現が凝縮され、表現の深さからみると、長編よりもはるかに凝っている」と言っていた。

本当にネイティブのトップレベルにまで達したければ、小説は欠かせない。ニュージャーナリズムで世界に名を馳せたジャーナリスト、ゲイ・タリーズは、ノンフィクションしか書かないが、名物編集者としてその名を知らない人はいない妻のナン・タリーズは、数年前会ったときにこう言っていた。
「英語の表現を磨くには、小説を読む以外にありません。純文学です。夫も読むのは小説だけです」

本当の英語力をつけようと思ったら、ビジネス英語だけやっていればいいのではないのである。

シェル・コレクター (新潮クレスト・ブックス)

静かで温かい、生きる力に満ちた小説が傍らにある幸福――。
孤島でひとり貝を拾い、静かに暮らす盲目の老貝類学者。だが、迷い込んできた女性の病を偶然貝で治したために、人々が島に押し寄せて……。幻想的とも言える筆致で、自然による癒しと、孤独ではあっても希望と可能性に満ちた人間の生を鮮やかに切り取る珠玉の八篇。いまアメリカで最も期待されている新鋭による極上の短篇集。
<第1回> <第2回> <第3回> <第4回> <第5回> <最終回>
>「大野和基の英語論」TOPに戻る

英語を駆使し、世界のVIPや渦中の人物の懐に飛び込み、ナマの情報を得る極秘テクニックを大公開!
スパイ並の情報収集の技法、アポの取り方、キーワードを引き出す話術、そして最も大事な相手との信頼感の構築法などを伝授。常にライバル社との情報戦を繰り広げるビジネスマンから、将来世界を舞台に活躍したい学生まで、必読・必修のコンテンツが満載。教材は最新の取材映像・音声を利用しますので、リアルな英語力も身につきます!
料金