国際ジャーナリスト 大野和基
著書・訳書

国際ジャーナリスト大野和基の取材秘録2003-2010
   ~取材現場の裏側から英語論まで~
*本書は2003年から2010年にオフィシャルサイトおよびメルマガで配信されたコラムをまとめたものです。
★英語に関する部分を項目ごとに抜粋しました。


<翻訳の功罪>

- 翻訳は、必要悪とでも言うしかないが、できるなら原文で読むのがいい。特に純文学となると、作家は言葉一つ選ぶのでさえ、慎重になっているのに、それを他の言語に置き換えると、どんなに優秀な翻訳家が訳したとしても意味がずれることがあるからだ。翻訳の宿命である。かと言って、原文で正確に読む力のない人が原文で読むと誤解だらけになるので、翻訳はどうしても必要になる。

- ぼくは、翻訳の限界を知っているので、英語の場合は必ず原書を読む。特にインタビューする際は、必ずそうする。翻訳を読んで、それを元の英語にしてインタビューすると、「そんなことは書いていない」と言われることがあるに決まっているからだ。普通翻訳となると、元の言語に戻して翻訳しないことが前提であるが、ぼくの場合は、英語でインタビューするので、もし原語で読んでいない場合は、翻訳をさらに英語に翻訳することになる。 おもしろいことにこれをやるとかなりずれるのである。

- 本から直接引用する場合、原文のまま引用しないと、通じないことはよくあるだろう。だから、こういう場合は、原著で読むしかないのだ。いくら翻訳された日本語を正確に英語に戻しても、通じないことはあるだろう。特に小説となるとますますその確率が高くなる。

- ぼくは昔、よく日本文学を英語で読んだ。それは英語で読むとどれだけ読んだ印象が変わるか実感するためである。頭に浮かぶイメージがどれだけずれるか、実感するためである。これは日本語の勉強にもなるし、英語の勉強にもなるので、お勧めしたい勉強法の一つであるが、最近は村上春樹の作品を日英語両方で読んでいる。何でもない日本語が英語にどう訳されているのか、を研究するだけでもかなりの勉強になる。最高の翻訳と言っても過言ではないので、文体もどのように移しているのか、それについて比較するのも頗る楽しい。

- ぼくとよくお付き合いのある編集者はポール・オースターのファンである。それは彼が英語で読んでいるから、そう言えるのである。 どれほど上手な翻訳でも翻訳は翻訳であり、それだけを読んで、その作家のファンである、と主張するのは違反である。元の英語を深く味わい、内容に感動するばかりではなく、その文体、表現の巧さ、言葉の選択に感心して初めて、その作家のファンであると言えるのである。外国人の日本文学研究者も同じである。川端文学を英語だけで読んで、川端のファンであるという研究者はいない。必ず日本語で読んでいる。そんなん、当たり前やんけ。

- アメリカ人は翻訳を忌み嫌う。基本的に読まない、と言ってもいい。日本人は翻訳に対する抵抗はないが、アメリカ人は、英語に翻訳されたものをあまり読まない。トマス・ピンチョンは例外で「英語に訳されたものを読むと、普通考えても出てこない英語に出くわすからおもしろい」と言う。

- アメリカ人が翻訳を読まないことは何を意味するのか。読者層を広げたかったら、英語で書くしかないということだろう。イーユン・リー氏はそのことを最も意識した作家だと思う。中国語で書く気はなかったとしても、もし彼女の作品が中国語から英語に訳されたものであれば、誰も知らない、無名の作家のままである。賞を受賞する可能性もかなり低いだろう。翻訳は翻訳であって、オリジナルの作品ではない、別の作品と考えてもいいくらいだ。それは、100人の翻訳家が1つの作品を訳せば、100通りの作品ができるからだ。

- 日本で出ているノンフィクションが英語に訳されることはほとんどないだろうから、欧米の世界には知られないままになる。いい作品もあるが、英語で書いていないせいで、世界に知られないままになる。英語で出せば、日本語に訳される可能性が高いので、英語をもっと重視した方がいいだろう。

- 元FRB議長のアラン・グリーンスパンの自伝『波乱の時代』はアメリカで発売からまもなく、軽く100万部を超えたが、日本ではこの手の本が100万部売れることは、ありえない。100万部を超えるのは軽い内容の本だけである。アメリカでは、執筆契約と同時に払われるアドバンスも億単位であることがあるが、大体日本にはこのアドバンス制度がないから、問題外。このアドバンス制度を日本にも採り入れた方がいいことは論をまたない。ビル・クリントンの自伝では1千万ドル(約11億円)のアドバンスが払われたという。英語のままで世界中で読まれるからである。日本語で書いてもそれを読む外国人は稀である。英語の威力は日本語とは比較にならない。日本語で書くと日本人しか読まないと言っても過言ではない。

- また、この1年の、いろいろな雑誌の目次をみても、同じことを、翻訳ではなく英語で書いて、果たして英語圏の人が関心を持つテーマがどれだけあるかというとほとんどない、というのも悲しいことに事実である。ところが、英語で発表されている記事で、日本人も関心を持つ内容は多い。NYタイムズの友人が、「日本人のジャーナリストが書くテーマをもう少し世界的に関心度が高いものにした方がいい。同じテーマを英語で書いても内容に関心を持つ、英語圏の人はほとんどいない」と鋭く指摘していた。中国人作家のイーユン・リーは英語で小説を書いて、数々の賞を受賞したが、彼女も英語の威力は計り知れないと言っていた。だから、翻訳ではなく、英語で小説を書いているのである。元々日本人で英語で小説を書いている人は森恭子氏くらいしか知らないが、アメリカ人は基本的に翻訳を読まないということを彼女はよく理解している。

- ぼくは最近村上春樹の作品を日本語で読んだあと、英訳でも読むようにしているが、もし「コツ」だけで語学をやっている、あるいは人に勧めている人には無駄かもしれない。しかし、英語の深さを知るには時間がかかってもこれほど勉強になる方法はないと思っている。学生の頃は、川端文学、夏目文学を日本語と英訳で読んだが、日本文学の英訳は、英米文学の和訳を読むよりもはるかに英語の勉強になる。基本的にぼくは原文が英語である場合は日本語の翻訳を読まないが、その逆はかなり英語の勉強になる。英語学習も「コツ」で勉強することを勧める人はたくさんいるが、所詮あっと言う間に限界が来るだろう。ネイティブにできるだけ近い感覚で味わうには「コツ」勉強では通用しない。

<英語の重要性> <真の英語力> <英語の使い分け> <危機管理の英語>
<発音について> <翻訳の功罪> <英語教育について> <英語の難しさ>
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